Skittlegirl's Blogで“セネカ”が含まれるブログ記事
タイトルは「Seneca's Song」。
セネカは、旦那のお母さんの再婚相手の連れ子で、旦那にとっては血のつながっていない兄弟ではあるのですが、一緒にケンカしたり遊んだりと昔からつきあいの長い関係にあった人です。
若い頃はぽっちゃりとした男の子だったそうですが、思春期を過ぎてだんだん美しくなってきて、髪をストレートに伸ばし始めたりして、周りが「あれっ?」と思っていたとか。誰もはっきりといわないけど、でも彼はゲイだよね、って思いながら生活していたみたいでした。旦那に聞いても「はっきりとはわからないんだけどね」と言うくらい。でも、ホント、周りは普通に接してたし、腫れ物に触るような態度ではなかったのが好印象でした。
初めて会ったのは数年前、初めて私がミシシッピをクリスマスに訪れた時でした。会って「うわぁ、こりゃかわいいオネエだなぁ」って思いました。あんまり会話することは無かったけど、「あらー、あんたのコートステキねぇ!」って言ってくれたのがうれしかったのを覚えています。ヘアースタイリストとして将来を期待されていたのですが、まだ21歳であった昨年に残念ながら亡くなりました。(この経緯はこの辺に書いてあります)
さて、そんなセネカの歌、というタイトルの義母の詩は以下の通り。
Senaca's Song
I look in the mirror and what do I see?
A pretty little girl gazing back at me.
Smile so perfect . . . figure so great
All the girls say it's me they hate.
All God's beauty style and grace
Wasted on you, a confused little child.
I have always been told that God makes no mistakes,
So who am I to blame for my cruel fate?
Each morning I wake and rise from my bed.
I stand in front of the mirror, and who do I see?
The girl inside the man I'm supposed to be.
(以下、私のつたない訳ですが雰囲気だけくみ取ってもらえれば。。n_n;)
セネカの歌
鏡を見て 私は何を見る?
とても美しい女の子が見つめ返している
完璧な笑顔 素晴しい容姿
どの女の子も言う 私が嫌いだと
神が与えた美しいスタイルも優美さも
無駄になっている、困惑した小さな子
神は間違えなど犯さないとずっと教えられてきた
ならばこのむごい運命を誰のせいにすればいいの?
毎朝、目が覚めてベッドから起きて
私は鏡の前に立ち、そして何を見る?
男であるとされている、私の中の女の子がそこにいる
※ちなみに、本文はこのWebサイトに載っているようで、良かったか悪かったか投票が出来るようになっているそうです。もし気に入った方がいらしたら、Good!に投票してあげてくださいまし〜。
いいなぁ、と思ったのは、お義母さんが自分のステップファミリーである(と言うより自分の息子のように扱っていたのですが)セネカのセクシャリティについて、こんなふうにちゃんと受け止め、その上で彼の美しさを温かく見つめるような詩を書いているというところです。
いくら「自分はそういうの割とオープンなので」と言っている人でも、いざ家族がセクシャルマイノリティであると知ると困惑し、揚げ句認められない、っていうケースはあるみたいで、でも当人にしてみれば、家族に認められない辛さというのはまた酷だよなぁと思うのです。
美しくて優しかったセネカ、絶対仲良くなりたいなーって思っていたのにそのチャンスを得ないままお別れとなってしまってもう二年が経ち、今でも残念だなぁって思っています。
結婚後初めてのミシシッピ訪問より昨夜帰宅してまいりました。予期せぬ旦那の義理の弟のお葬式参列という滞在理由ではあったものの、旦那の家族との再会、および、旦那の親戚の多くと初めてお会いすることが出来た非常に有意義な旅行となりました。
また、今回は旦那の親友、マーカスの家を訪れることが出来ました。旦那の親友はアーティストで非常に優れた音楽やアートの才能を持っており、また、ガールフレンドは優れたフォトグラファーで、2人で、小さいけれどアートギャラリーのような素敵な家に住んでいました。彼は現在ファーストアルバムの売り出しに着手し始めておりますが、クオリティーの高い仕上がりとなっており、今後が楽しみです。彼らと今回のハリケーンの被害の話や、旦那の日本滞在の話など、非常に楽しい時間を過ごすことが出来、またマーカスがBest Manとなってくれるとのことでした。
また今回、こういう状況ではあるものの結婚式前にミシシッピを訪れる機会はもうないであろうとのことで、実際に結婚式を行う教会を見に行くことが出来ました。セネカのお葬式を行った教会は一つの候補であり、内装が古き良き教会といった感じでとても美しいところだったのですが、教会がちょっとホテルがあるダウンタウンから離れているということと、わかりにくい立地であるということから、もう一つの候補である教会を訪ねました。

(正面からの写真を取る時間がなかったので側面...n_n;)
ここはハイウェイの近くでダウンタウンからのアクセスもよく、また教会はすぐ隣に屋内体育館を持っており、レセプションをそちらで行うことが出来る(キッチンも付いているのでなんだったらそこで料理を用意することも出来る!)というところでした。教会の内装は白がベースでステンドグラスがきれいないわゆる教会、という感じで、内装自体はもう一つの教会の方が気に入っていたのですが、非常に広くて心地よく、いろいろと条件にかなうということで、その場で(旦那のお母様がn_n;)予約を入れてしまいました。
この教会は旦那のお母さんの姉妹が通う教会ということで、旦那のお母さんもメンバーシップを持っており、無料で式をあげさせていただけるとのことでした。
日付と場所が決まったので、いよいよ重い腰を上げ、準備開始しなくっちゃ。

ところで、ミシシッピを実際に訪れてみると、一部まだハリケーンの傷跡が残っていました。道ばたに切り倒された大きな木や切り株が残っていたり、ダメージを受けた土地や家もまだ残っていましたが、機能自体は正常に戻りつつあるようです。実際にミシシッピに住んでいた人たちは、迫り来るハリケーンによりどのようなダメージが予想されるのか、どういったことに気をつけなければ行けないのかということが事前に報道されていなかったようです。特に、今回被害がこれほどまでに大きくなったのは主に水害によるものですが、そのあたりの報道も万全ではなかったとのことです。今回のハリケーンでは黒人差別についての言及がありましたが、いろいろな話を聞いていると、主に一部の貧しい人々に対する対策がよくなかったのだ、そしてその貧しい人々の多くが黒人だった、ということが発端だと思います。現に被害者となった私の旦那の家族や友人のほとんどは黒人ですが、彼らも口々にこれは黒人に対する差別というものではない、人種ではなく生活階級というくくりの問題であったと言っていました。

私自身も東京の「ゼロメートル地帯」と呼ばれる地域の、隅田川の近くで育ち、地震や災害によって発生が予想される水害にも気をつけなければいけないと教育されました。今回は事前に水害が予測されていたのに、対策と事前報道が万全でなかったことも非常に残念です。今後のハリケーン対策が、これ以上の被害を生まないよう祈っています。
私は今回のようなお葬式に参列するのはこれが初めてとなりましたが、非常によい体験でした。私は旦那と一緒に親戚一同の席(先頭の席)に座りました。悲しみに包まれながらも、合唱団のゴスペルソングや、牧師による祈りや教えの言葉、近い人々によるトリビュートが慰めとなっていました。
特に、日本のお葬式に参列することが多かった私が胸を打たれたのは、式の中で行われた牧師による"Words of Encouragement"です。牧師が教えを説き、その中で、「彼は永遠となることを自分で"選んだ"のだ。彼の体はもう使えなくなったから、彼はその体をそこに横たえ、彼の魂は永遠となることを選んだのだ」と何度も繰り返し、参列者を勇気づけていました。
トリビュートは、数人の近しい間柄の方が賛辞の言葉を述べるのですが、涙も多く見られたものの、笑いや暖かみに満ちたポジティブな言葉も見られました。
ところでタイトルにある、"Thank you, God"という言葉は、このお葬式の中で一番頻繁に耳にした言葉です。私は、身内が亡くなることに対して「身内の不幸」という表現を使いますが、このお葬式では、「不幸」という言葉を耳にすることはありませんでした。皆がセネカに賛辞を呈し、暖かく彼の死を受け止め、また、神に感謝の言葉を惜しまず口にしていました。ここに私は、力強さを感じずにはいられませんでした。私であれば、お葬式に際し、「何故?何故彼がこんな目に?」と嘆きの言葉を沢山口にしてしまいそうですが、その中でも感謝の気持ちを忘れず、彼の人生とその終わりを賞賛しつつ彼の死を受け止める姿勢に、親戚を亡くした悲しみに覚えがある私にとっても、非常に学ぶことが多い機会となりました。
また、最愛の息子を亡くした旦那の義理の父が、彼はお葬式に出向く前、皆に、「パーティの準備はできてるかい?」と声をかけたのも、非常に強く印象に残っています。
彼は常に微笑みを絶やさず、皆を元気づけ、また、お葬式という残念な形であれど、親戚一同が集う機会が得られたことを喜んでいました。
今回は学ぶことの多い、本当によい経験が出来たと心から思います。
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ところで、お葬式参列にあたり、旦那と旦那のお母さんに相談し、私は黒のスーツ、黒のシャツ、黒のストッキング、黒の靴、を身につけておりましたが(お母さんに黒のシャツは全体的に真っ黒になっちゃうからもうすこし白っぽいシャツでもいいのではないか、と言われたものの、持ち合わせがなかったため全身黒ずくめとなってしまいました。ただし、ストッキングは黒っぽい方がいいだろうと言われました)、今回のお葬式は、色については実は人それぞれ、非常に自由でした。
トリビュートで暖かみと笑いで会場を包んだスピーチを行ったセネカの叔母さんは、ビビットなオレンジの羽根つき帽子にオレンジのスーツといういでたちで目を引きました。同僚の方は、水色のスーツを着てトリビュートを行っていました。
旦那の妹たちは、グレーのスーツにピンクのシャツを着たり、青のスーツを着たり、黒にメタリックシルバーの模様が入っているスーツを着たり、等、実に様々でした。ただ、全体的に、暗め・地味めな色合いの洋服が多かったです。
セネカとは、数年前、初めて私がミシシッピの旦那の実家に遊びに行ったときに会ったことがあり、その当時英語力に今より自信がなかったため、旦那の背中に隠れるかのようだった私にもいろいろ話しかけてくれたりして非常によい印象がありました。美容師を目指しているとのことだったので、私たちの結婚式では、ヘアースタイリストとして協力してくれるかな?とつい先日話していた矢先のことでした。まだ21歳という若さのため、非常に非常に惜しまれます。
セネカは旦那のお母さんの再婚相手の前妻と一緒にジョージア州で住んでいたのですが、その家が火事にあったとのことでした。
突然のことで驚いているのですが、旦那とセネカは一時一緒に住んでいたこともあり非常に近い親戚でもあるため、11月1日のお葬式には是非参列しよう、ということになって、突然ながら10月30日(日)~11月2日(水)までミシシッピ州に行くことになりました。
身内の不幸による帰郷となったものの、結婚して初めて旦那側の家族にファミリーの一員として会いにいくことが出来る非常によい機会となりました。
